シルクロード6000キロ
極限の旅

アフガニスタン編

インドのデリー観光後、空路首都カブールに入った。
1978年当時のアフガニスタンは王制から共和制になって5年たっていたが、クーデターが発生していた。
翌1979年にはソ連軍の侵攻、1996年にはタリバーンが支配、2001年9月の同時多発テロ。
そして2001年10月のアメリカ軍による攻撃と多難な運命が待っていたのであるが、当時の旅人
目線では予想だにできなかった。

信仰心が篤く、穏やかで優しくて、心の清らかな人たちが住んでいた。

しかし、戦争と内乱で国土の大部分は破壊され、多くの犠牲者も出した。
現在もテロ事件が頻発して政情は不安、復興も遅れている。

貧しくても、心豊かな人たちの住む平和な国だったのに。



カブール

首都・カブール。さすが大都会。旅行時の人口50万人。
街は活気に溢れていた。バザールに連なる商店、豊富な商品、行き交う民族衣装の人たち。
渾然とした街、心安らぐ街だった。

幹線道路 舗装されて、賑わっていた バザールの刃物やさん
マフラー売りの少年 水売り 入れ物は羊の皮
移動遊園地 人力観覧車 可愛い坊やたち、今どうしているだろうか
大通りのパン屋さん 屋根には薪が積まれている 中央アジア探検家スタインの墓

バーミアン

シルクロードの十字路として栄えた古都。
5〜6世紀には1000の石窟寺院があり、数千人の仏教僧侶が居住していた。
6世紀初めには、「西大仏・高さ55m」と「東大仏。38m」が築造された。
大仏像は美しく装飾され、金色に輝いていたという。

カブールからバーミアンまでは230km、想像を絶する悪路を8時間の苦行。.
標高2900m級の峠をいくつも越え高山病による頭痛に悩まされた。   
突然、視界が開け、ヒンドゥークシュ山脈に広がる遺産群を見たとき、
大きな歓声がわき上がった。
緑の平原の彼方にそそり立つ断崖の石窟群、とりわけ大きな大仏石窟。
息を呑む思いだった。  はるばるやって来た甲斐があった!!!

しかし、大仏像は今はもうない。
2001年3月6日、タリバーンによって爆破されてしまった。
なんという愚かなことをしてしまったのか。 取り返しがつかない。

バーミアンへのバス停 小型バスに分乗した ヒンドゥークシュ山脈に広がる遺産群
西大仏・高さ55m 足元に立つ人で大きさがわかるだろう 大仏の頭部 異教徒により削られていた 望遠レンズで
梯子で頭の上まで登れた 眼下に広がる光景 バスが小さく見える
石窟の内壁に残っていた壁画  宿泊はパオ 床には絨毯が敷かれ快適だった
自然は厳しいが平和な村だった 借用写真  大仏は爆破されてもう見られない

バンダミール湖

バーミアンから更に奥地の砂漠の中のバンダミール湖へ行った。
未舗装の道を走ること3時間、どこまでも続く茶褐色の山なみ。
突然視界に飛び込んできた バンダミール湖。
乾ききった大地に青い湖、宝石のように輝いていた。
(残念ながら写真は退色してしまいその色が出ていない。)

バスはすぐオーバーヒート休ませながら道なき道を行く 突如現れたバンダミール湖
砂漠の中の幻のような湖 どこからともなく家族連れが現れて露店を開いた
1978 .8/4〜8/8   7日間

カズニー

バーミアンからカブールに戻り1泊した後、アジアハイウエーを西へ135kmのカズニへ向かう。
カズニーは10〜12世紀に栄えたシルクロードの拠点であっ
たが、旅行時は人口1万の村であった。
わずかに王の廟や博物館があった。
昔のシルクロードをたどって行くのだが、道は未舗装で人家もほとんどない。
時折遺跡の残骸が現れたりする。

遊牧民に出合った。らくだと羊を追う家族。
小さな子供までが上手に家畜を操る。見渡す限りの砂漠、土埃をあげて移動する家畜の群れ。

標高が下がったので暑い。最高気温は40度〜45度になる。湿度は5%(極限@気候)
湿度が低いので汗が出た感じがない。出た途端に乾いてしまう。喉が渇く。

「あぁ 私は今まさにシルクロードにいる。」

チャイハナ(茶店) 熱いミルクティが美味しい アジアハイウエー バスがよくオーバーヒートした 
城壁の一部が残っていた 遊牧民と出会う バスはまたお休み
羊の群れ 絵画のようだ らくだを追う子供たち
水のみ場のらくだ 望遠レンズで撮った 井戸から水を汲み上げて飲ませる
マフムード王の廟 博物館前 昔の石臼

カンダハール


18世紀にはアフガニスタン王国の首都であった。カブールから488km。
旅行時の人口13万人のアフガニスタン第2の都市で、交通の要所として活気があった。
王の廟やモスクも保存されていたし、市場には新鮮な食品が溢れていた。
首都カブールよりも落ち着いた佇まいだった。

摂氏54度を体験した。(詳細は「過酷な旅体験編」に記述)

アフマドシャー ドゥラニ廟 バザールの「なんでも屋さん」
カルブーザ(うり) 甘み控えめで美味しい じ〜っと動かない老人
モスク ホテルの庭で野宿する旅人

ヘラート


アフガニスタン第3の都市
で当時の人口は9万人。カンダハルから565km。
イラン、インドへの交通の要所。14世紀に栄えた古都。

14世紀に築造され、何度も破壊された城壁が残っている。
市内には廟やモスクが数多くあり、バザールも賑わっていた。

旧市街の城壁 ロバが主なる交通手段だった 車はあまりみかけなかった
ゴウハル・ジャド廟 ミナレットのアップ
礼拝堂の屋根 泣き出す弟を後ろに隠しポーズをとる幼い兄
古、タイヤで作ったバケツ そのバケツで水を汲む

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