シドニー発着13日間の3人旅
        エピローグ・ブルームにて

オーストラリア縦横断の旅

ブルームにて

8月19日(金)
10時50分 ダーウイン発 AIR NORTH TL312便 カナナラ経由 ブルーム行き
搭乗券が手書きなのだ。 全て手作業でスローライフ振りが、とても新鮮な感じ。
飛行機が可愛い。
30人乗りの小型プロペラ機で、背の高い人は天井に着いてしまう。
生活物資を積み込んでいる。辺境地での飛行機は、地元の生活手段として飛んでいて
それに観光客が便乗させてもらっているといった感じ。

宿舎はバックパーカー

THE LAST RESORT という有名なバックパーカーに泊まるのだ。
シーツとマクラカバーを持参するようにといわれていたので覚悟はしていたけど、まさに
天下一の格安宿泊施設。
元気の良い若者でいっぱい。日本人もいる。たいていはワーホリのひとたち。
テレビがボリュームいっぱいでわめいている。
ご飯を作っている人  ガヤガヤと食べている人  本を読んでいる人  玉突きをしている人
ハンモックで昼寝している人  とにかくすごい熱気。

部屋はこの宿で最高。
広い 設備がよい、机とタンスがある。涼しい  静か
シングル使用なので1泊65ドル。このお値段は若者から見れば「堕落したブルジョワ」なんですって。
「何いってんの。トシを考えてよ。あなたたちのお婆さんと同年代なのよ。」
「そういえばそうだ。」
「男女混合6人部屋で一泊8ドルだっていうけど、屋根もベットもあって、シャワーだってあびられるじゃないの。私の若い時はよく夜行列車に乗って、じゃんけんで負けたら床に寝たわよ。」
「すっげぇ! 尊敬しちゃう・・・」

孫のような若者たちとの交流も楽しく、共同生活が始まった。
カナナラ着 10時45分 ダーウインとの時差 マイナス45分
給油と物資の積み下ろしが目的らしい。
ノーザンテリトリーから西オーストラリア州に入ったので、動植物の検疫がある。
オレンジ1個持っている。惜しいけど差し出すと「食べたいならここで食べて、皮は捨てなさい。」
とのこと。もちろんここで食べる。
「いたずらっ子なんだから。」とLOが果汁だらけの手を拭いてくれる。

11時5分 カナナラ発  12時45分ブルーム着  時差なし
気温35度  湿度はダーウインより低いみたい。  暑い。

8月20日(土)

朝食は久しぶりで自炊した。
炒り卵 ハム チーズ 生野菜 ヨーグルト トースト 牛乳とすごいボリュームに、みんなびっくり。
★「今朝は特別なのよ。昨夜は軽食だけだったし、暑いところで栄養が不足すると病気になるから。
 あなたたちもしっかり食べなさいよ。」
☆「お母さんと同じこというよ。」
 そう いつの間にか保護者やっていた。いつも子供みたいに世話されているのに。。。

裁判所の庭で繰り広げられている サタデー マーケットへ行く。
民芸品 農産物などの出店で賑わっている。
食べ物やさんからはいい臭い。★「フランクソーセージ食べようかな。」
☆「今朝あんなに食べたのにやめなさい。」

2人と別れて花の写真を撮り歩く。
今まで見なかった花に出会う。

陽差しも強いし、今晩は「月への階段」を見に行くので遅くなるし、早く帰って昼寝する。
起きると手足に虫さされのあとがいっぱい。とても痒い。昨夜も刺された。
これ何?東洋人だけがやられている。若い人の方がひどい。
蚊?ダニ?南京虫?フロントに聞いても「わかんないわ。」金髪の彼女は被害ゼロなので。。。
日本の薬をつけてもたいして効かない。殺虫剤をまいて、電池殺虫器をONにする。
インホーメーション オフィスにいって、観光資料を集める。
ブルームには植物園がないんですって。驚いた。
どこに行っても必ず行くのが植物園なのに。
残念がる私に、若い女性の係りの人の曰く、きれいな花はそこ ここに咲いているからどこででも
好きなだけ撮ってね。。。

それからバスで一回り。特筆するような建物はない。チャイナタウンも、これが?と言いたくなるし。
ブルームはかつて真珠養殖として栄え、20世紀初頭には多くの日本人がこの仕事に携わり、
ここで亡くなった人も多い。街の中心には真珠養殖で功績をあげた日本人の銅像が建っている。
人通りも少なく、のんびり、ゆったりしていていい。
スーパー・ターゲットで自炊用の食品を買う。
マフィンとカプチーノの軽い夕食をとる。

月への階段

Staircase to The Moon

2005
オーストラリアの旅へ

右の写真のように、月に向かって階段様の光の帯が伸びる
不思議な自然現象。満月の夜の干潮時に現れる。
これを見ようと、オーストラリアの各地から、世界の国々から
大勢の人が集まる。


私たちも日の高いうちに出かける。よく見える場所で見たいから。
見物によい場所は2カ所あるが、ホテルを避けてタウンビーチに
した。明かりや音楽がない方がより幻想的だろうと思って。
タウンビーチに着くと、すでにかなりの人出だ。
高級カメラを据えている人、テーブルの上いっぱいのご馳走で
盛り上がっている人など。

あたりに夕闇が迫るころ、人々の気持ちも高揚してくる。
「月はどこから昇るの?」
誰もが聞きたいこと。誰にも解らないこと。
みるみるうちにオレンジ色に輝いた大きな満月が昇っていく。
海に光りの縞模線が少しずつ増えていく。
「うおぅ!!!」うなり声が湧き上がって広がっていく。
月の上昇に伴い縞がゆっくりと伸びて、あたかも海の上にかかった月への階段のような光景だ。
Bravo! Wonderful ! 誰もが興奮している。

私はといえば
あまりの感動で、体が凍り付いちゃって、トリハダが立っちゃって、頭がぼぉ〜としてしまった。
はっとわれに返り、夢中でシャッターを切った。(上の一枚だけがなんとか使えるがあとは失敗
してしまった。実に難しい被写体だ。)

自然が織りなす神秘的なショーは、約10分後終わった。

月への階段ができるわけ
よい状態の月への階段を見るためには、次の3条件が必要だ。(西オーストラリア政府観光局の資料より)

 @潮の干満の差が大きい地域であること
  
 ブルームを含む西オーストラリア北部は、カナダ東部に次いで世界第2位の干満の差がある。
   (12メートル、日本では有明海の6メートルが最大。)
   潮が引くほど階段が長くなる。
 A満月の時であること
   
満月の時に干潮となる。
 B晴れて空気が乾燥している時期であること。
   ブルームでは3〜10月が涼しく(といっても28度位だが)、空気も乾いている。
   なかでも7〜8月が天候も安定して最適である。
    
この3条件が揃うと、浅瀬のさざ波が月の反射光を区切って階段状に見せるのに加えて、浜の
デコボコした岩砂に残ったたまり水が月に照らされて光り、それも階段を長く見せる。
約ひと月に一度の満月の時の3日間、年に2〜3回のチャンスに合わせてこの旅のスケジュールを
組んでくれたLOとJEに感謝、感謝。

想像をはるかに超えた壮大な光景に遭遇できて本当に幸せ。大満足。
真っ暗な浜辺には、朝のマーケットがそっくり移って来ていて、余韻に浸りながらのそぞろ歩きも
これまた面白い。
世界一古いという木造映画館で映画を観る。
スクリーンと客席は屋外なので、
暗くならないと始まらない。
大きなスクリーンの周りにちりばめられた
星が輝いて、ファンタステイックなのだ。
夜風が涼しくでいい気分だ。
6時22分 真っ暗闇の水平線の一点が、かすかに明るくなった。
「あっ あそこから出るんだ!」
     ぞくぞくと集まってくる見物客         潮がかなり引いている
   夕闇迫る頃になると潮は更に引いて期待感でワクワクする         月への階段観賞後マーケットで楽しむ

8月21日(日)


午前中2人は真珠ツアーに行った。
私は宿に残って休養。掃除、洗濯をして、日記や手紙を書いて、昼寝して。
暑いから余力を残しておかないと。

らくだ・サンセットツアー

ケーブルビーチに着くと、遠くの方から、らくだが連なってゆっくりと帰ってくる。
もうひと組は夕日をあびて影がシルエットになってまるで絵のような光景だ。
あれに乗るんだな。私たちは最終のツアーに申し込んだ。

LOと2人で乗る。らくだはマラーという名前で、8歳のメス。中年の働き盛りなんですって。
太陽がだんだん低くなってきて、少しずづ海が黄金色に煌めき始めている。
♪月の砂漠を はるばるとぉ〜♪♪いい気分で歌ちゃった。
8頭は繋がれて、2人のラクダ使いが前後について、夕焼けに染まるインド洋をみながら
進む。  30分も経つとすっかり夕闇に包まれてきた。
★「まだ引き返さないの?」
☆「引き返さないのよ。らくだ小屋までいくんだから。」(説明があったそうだけど聞いていなかった。)
★「ほんと?あとどれくらいかかるの?」
☆「知らないわ。いいじゃないの。最終便の特権なのよ。」
もうしょうがない。どこまでもいっしょに行くわ。

あたり一面真っ暗闇。灯りといえば満月の月明かりとラクダ使いの懐中電灯だけ。
こうろぎの大合唱。寒い。ジャッケットをきてもまだ寒い。
なんだか心細いな。でもLOといっしょだし、こうなったら行き着く所まで行くしかない。
慎重派のJEが乗らない、ここで待っているといった理由がわかった。
かれこれ1時間も経ったころ遠くにちらちら灯りが見えてきた。
らくだ小屋だ!みんな叫んだ。
そこからがまたかなりの距離。

やっと小屋に着いた。
1頭ずづの高い小屋と人間用のテント。ランプが揺れていて野趣味満点。
先頭のらくだから順に座らせてお客を降ろし、鞍をはずしてブラシをかけて、扉をあけると
自分で小屋の中に入っていく。
スローで、やっと降ろしてもらうとすぐJEに電話する。
☆「こっちは大丈夫よ。」  キリキリしているのは私だけみたい。
車で送ってもらって、レストランに着いたのは、出発後2時間も経っていた。
夕食は浜辺のレストランで、帆立のバター焼き・クリームソース添え。
すごく美味しい。ぺろりと平らげたがまだお腹が空いている。
いかフライのいかだけ生で食べられないかしら?  シェフに聞いてくれた。
生は出せないけれど、さっとボイルしたのならいいとのこと。なるべく短時間にとお願いして
霜降り?状のいかのおさしみにありつけた。 しょうゆがあったら・・・

アボリジニ ツアー

8月22日(月)

Roebuck湾を3時間歩いてまわり、自然の中で生きるアボリジニの生活体験ツアーに参加する。
海岸へ降りていく道に動物の足跡がいっぱい。
これは、うさぎ、ワラビー、やどかりとガイドのトムは何でも知っている。
海に出ると、岩にへばりついている牡蠣をはがして、潮水で洗って手渡してくれる。
美味しい。絶品。他の人達は1個食べるともう食べないという。
もったいないわねえl。私ひとり堪能した。
石を水に濡らにて別の石の上でこすると絵の具になる。壁画を描いたり、体に塗ったりする。
岩に着いている牡蠣を取ってくれるトム    食べられる木の実の説明
       この穴の中に大型のカニがいる             木の枝で魚を捕る
海から離れてブッシュの中を歩く。
花の蜜は砂糖に 木の葉、皮 樹液は殺菌剤 鎮痛剤 防虫剤 せっけんや化粧品に、木の実は
食料や子供のおもちゃになる。
ブーメランの投げ方や、木の枝で作った槍での魚の捕り方を見せてくれる。
100%に近い自給率で、自然をうまく利用しながら共存しているのには感心した。
木の下に腰をおろし、冷たい飲み物を飲みながら、たき火で焼いた牡蠣をほうばる。
何とも贅沢なお話。

8月23日(火)

目が覚めたら右の耳が痛い。今年の春から疲れると痛むようになっていた。
虫刺されもますますひどくなったので、病院へ行きたい。
2人はサイドカーツアーにいった。
私は一人でヘルスセンターへいく。
受付で書いた紙を持って緊急待合室へ、すでに7〜8人の患者と付き添いが待っている。
すぐに看護婦室に呼ばれ体温 血圧 脈を計り、その後既往歴や症状を聞かれる。
再び待合室で待つこと1時間。緊急を要さないと判断され後回しになったみたい。
合理的というか、冷たいというか・・・郷に入っては郷に従え。。。

やっと呼ばれた。
中年のふくよかな女医先生がにこやかに迎えてくださる。
もう一度同じことを聞かれて、その後耳の診察。外耳に湿疹があり、疲れると痛む。
水薬をさしてもらうとすぐよくなった。
虫刺されは、ハエだ。Sand Flyというボールペンの先ぐらいの小さいハエで、ブルームに
いる固有種だった。暑くて乾燥している所が好きなんだそうだ。
かゆみ止めの薬をつけていれば治るし、心配ないとのこと。
どうして東洋人だけ刺されるのかは聞き忘れた。
保険のお蔭でキャッシュレスですんだ。処方箋を持って街の薬局へ行き塗り薬を買う(16ドル)

午後は日本人墓地へ行く約束をしていたが、キャンセルした。
☆「あなたがいてくれたらよかったのに。墓標に何て書いてあるかさっぱりわからなかったわ。」
2人の・特にLOの元気なこと。2人とも私より年上なのに、活力あるのには驚く。
夕食は一人で多種類の調理をし、ゆっくり食べた。

受診

8月24日(水)

シドニーへ帰る

昨夜はよく眠った。 耳も痛くないし、痒みも随分よくなった。
よかった。
今日はオーストラリア縦横断の旅を終え、シドニーに帰る。
LOはひとりで街を散策するといって出ていく。
相変わらず元気がいい。私とJEは出発まで宿で休む。

日本人の若者たちが話をしたいと集まってくる。
日本の老齢の女性がこういうバックパカーに泊まるということに
驚いたというけど、そんなに変わっていることなの? 
私はメリハリをつけるんだと思って、ここでの生活を楽しんだと
いうと驚いている。
記念に一緒に写真撮ってとか、サインしてとかいわれて今度は
こっちが驚く。タレントじゃないのに。。。こういうことって
日本人独特の感情のようだ。JEは理解できないみたい。
空港へのタクシーに乗るとき、日本人の若者がみんなで見送って
くれた。 ★「体に気をつけてね。」 私も日本の母!。。。

13:10  ブルーム発  QF1073便
15:45  パース着   時差なし。 乗り換え
16:40  パース発   QF556便
22:30  シドニー着  時差プラス2時間 
 宿のバス 一度も乗らなかったが
安定した良いフライトだった。
機内食も美味しかった。(あなたはなんでも美味しいといって幸せそうな顔をするのね。そういう人好きよといわれる。)

この旅の終わりに改めてLOとJEに感謝の気持ちを伝えたい。
☆☆「お世話になるばかりだったというけれど、朝起こしてもらってほんとうに助かった。
   お蔭で安心して寝ていられたし、遅刻することもなかった。
   たったひとつだけの仕事だったとあなたはいうけれど、最も大切な仕事だったのよ。
   ありがとう。またいっしょに旅行しましょうね。」
万感胸に迫り言葉も出ない私。とっても嬉しかった。


2週間振りのシドニーは、眩いばかりの光に溢れ、湧き出るようなエネルギーに満ちている。
シドニーは大都会だ!
出迎えのBOの車で家まで送ってもらう。

深夜12時30分帰宅。
★☆「お帰りなさ〜い。」
みんな起きて待っていてくれた。 ホーム・スイート・ホーム!
旅もいいけど我が家はもっといい。
9歳のYAは目覚ましをかけて寝たが起きられない。

尽きない話は明日することにして、  夢の世界へ誘われていった。。。。。
                                                   

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